ホリエモン著「ゼロ」を読んで【お金のために働くのは正しいのか?】

ホリエモンの「ゼロ」という本を読んだ。

お金のために働くことに疑問を感じている人、はたらく意義を見失っている人に読んでほしい本だと思った。

目次

働くことについて

仕事に夢中になること

仕事に夢中になることはどれだけ幸せなんだろう。

日本には、自分の仕事を嫌っている人が多いと言われる。

お金のために、本当はやりたくもない仕事をし、上司の愚痴を言い、金曜日の夕方には解放感に浸る。

いっぽう、堀江氏はとにかく仕事に夢中になっている。

中学2年生のときにシステムを開発して人に喜ばれたのを皮切りに、仕事の面白さに目覚めた。

コンピューターの世界にのめり込んだ堀江氏は、東大在学中にホームページ制作会社を設立。

会社に住み込み、仕事。仕事。仕事。

来る日も来る日も仕事のことをかんがえる毎日。日本のサラリーマンには考えられないことかもしれないが、働くのが楽しくて仕方なかったんだろう。

YouTuberのまこなり社長が言っていた。

「最高の遊びは仕事だ」と。

世間一般の人たちからすれば、ありえない考えかもしれない。

「仕事を楽しむ?仕事が遊び?なにを言ってるんだ」

と。

けれど現に世の中には、仕事を心から楽しんでいる人がいるのは事実だ。

仕事が楽しいと感じながら働ける人は少数派かもしれないが、むしろ仕事をつまらない、苦痛だと感じながら働くのは不幸なこととも言える。

人生の1/3を占める仕事をどう楽しむか

誰もが一日24時間もっている。

一日8時間働くとすると、ざっくり計算で「人生の1/3の時間を仕事にあてている」ということになる。

人生の1/3を占める「仕事」という時間を楽しめず、苦痛だと思うなら、人生は悲劇じゃないだろうか。

本書で堀江氏は、以下のように述べている。

あなたはいま、働くことを「なにかを我慢すること」だと思っていないだろうか?

そして給料のことを「我慢と引き換えに受け取る対価」だと思っていないだろうか?

もしそうだとしたら、人生はねずみ色だ。我慢に我慢を重ね、耐え忍んだ対価としてお金を受け取っているのだから。

仕事を嫌いになり、お金を色めがねで見てしまうのも当然だろう。

人生の中で、仕事はもっとも多くの時間を投じるもののひとつだ。

そこを我慢の時間にしてしまうのは、どう考えても間違っている。

(引用元:「ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく」堀江貴文著)

「会社で働く苦痛をこらえたことに対する我慢料」としてお金をもらう。

もしそれが当たり前だと感じるなら、生きること自体がつらいものになってしまう。

だからこそ、自分の仕事を楽しむにはどうすればいいのか、僕たちは真剣に考える必要があるんじゃないだろうか?

仕事を少しでも楽しむことができれば、僕たちの人生の幸福度は大幅に上がるはず。

少なくとも、つらい仕事を我慢してやり続ける不幸を避けることができる。

仕事を楽しむ。仕事に夢中になる。

夢物語と言われるかもしれないが、もし実現できれば、きっとこれほどの幸せはない。

仕事を楽しむ工夫

本書では、仕事を楽しむためにどんな工夫をすればいいかについて、堀江氏の実体験にもとづいた考えが書かれている。

彼が刑務所で、延々と袋を折る単純作業をしていたときも、いかにその作業を楽しむか考え工夫したかが具体的に書かれている。

退屈な仕事を楽しくする工夫の仕方がわかるので、興味ある方はぜひ読んでみてほしい。

お金のための仕事でいいのか

あなたは何のために働いていますか?

僕らはなんのために働いているんだろう。

  • 働かないと生活できないから?
  • 毎日出社するのが義務だから?

堀江氏は、本書で以下のように述べている。

いまも昔も、僕はお金がほしくて働いているわけではない。

自分個人の金銭的な欲望を満たすために働いているわけではない。そんな程度のモチベーションだったら、ここまで忙しく働けないだろう。

食っていく程度のお金を稼ぐこと、衣食住に困らない程度のお金を稼ぐことは、さほどむずかしいことではないからだ。

では、僕にとっての仕事とはなんなのだろう?目的がお金じゃないとしたら、なんのために働いているのだろう?

ここはぜひ、自分自身の問題として考えてほしい。あなたにとっての仕事とはどんなもので、あなたはなんのために働いているのか。

(引用元:「ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく」堀江貴文著)

世の中には、働くのが嫌でしょうがない人もいる。

  • 会社を辞めたい
  • もう働きたくない

こうしたことは、誰でも一度は考えるもの。

でれど僕は、働かないのはもったいないことだと思う。

働かないと人はダメになる

むかし病気で1年ほど離職していたとき、働いていない当時の自分に価値がないと感じていた。

働いていたときは、お客さんを喜ばせ、感謝されることにやりがいを感じた。

周囲と協力して仕事をしたり、助け合ったりすることで社会とのつながりを感じられた。

でも働いていない間、そうしたやりがいや人とのつながりはゼロ。

唯一あったのは、社会の役に立っていない自分への無価値感だけ。

働かないことは社会との関わりを断つということであり、自分の存在価値を失わせることでもある。

働くとは、社会とのつながりを実感すること

なぜ働くのか?

この質問に個人的に答えるなら、「社会とのつながりを実感するため」だと思う。

それも、たんに社会とつながるんじゃなく、社会とのつながりを「実感すること」だ。

僕はいま工場で働いている。

同じ作業を繰り返しているうち、この仕事が誰を喜ばせているのか、わからなくなることがある。

もちろんどんな仕事も人の役に立っている。

工場作業もしかり。人が部品を組み立てたり、機械のボタンを押したらこそ製品ができ、それがお客さんの手に届く。

直接的であれ間接的であれ、程度の差こそあれ、働いている人はかならず何かしらの面で人の役に立っているのだ。

だからこそ人の役に立っていると「実感できる」ことが大切だ。

お客さんが喜ぶ姿を見ることができたか。

その人に「ありがとう」と言われたか。

自分の仕事が誰かを喜ばせているとわかれば、きっとどんな仕事にもやりがいを感じることができる。

本書の最後の言葉にグッときた

「はたらこう。」

堀江氏は本書のさいごに、大きな字でそう書いていた。

僕たちはお金を稼ぐために働く。

でもそれだけじゃない。それだけであってはいけない。

お金のほかにも大切なことが、「はたらく」という行為にはあるはずだ。

あなたにとって、「はたらく」とは何ですか?

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

よかったらぜひコメントをお願いします。

コメントする

目次